Keynote動画と共に振りかえるSteve JobsとAppleの歴史(中編:iPodによる飛躍 2001-2006年)

さて、中編ではiPod登場してからiPhoneが登場するまで(2001-2006年)のKeynote動画を振りかえります。この時期は、PowerPC G4/G5の性能がAppleの期待通りに伸びず、Macの性能的優位性が崩れていました。その代わりに、デザイン性の高さ・OS Xの発展・そしてiPodシリーズの大ヒットによりAppleは成長を続けていきます。その中で(多少の確執を生みながらも)徐々にMacユーザーを増やしていき、あの「サプライズ」KeynoteiPhone登場へと繋げていきます。

2001/10/23 Apple Music Event:iPod

遂にiPodの登場です。今では伝説的なイベントとなりましたが、発表当初はiPodの評価はそれほど高くありませんでした。当時のAppleファンの期待はものすごく高く、今のiPhoneのようなPDA的デバイスが発表されるのを期待されていたのですが、発表されたのが単に少し洗練されたMP3プレイヤーであったためです。これがまさか苦境のAppleを支え続けて、iPhoneへと進展していくための土台になるとは、当時は想像もつきませんでした。最先端ではあるものの、単なるMP3プレイヤーに過ぎなかったiPodの良さを、これでもかとアピールしまくるJobsの執念が見えてきます。何事も始めるときは、その時に到達できるミニマムの形を正しい方向で正しいタイミングで出すことの重要性も教えられます。Jobsは世界有数のビジョナリーとして名を轟かせていますが、「ビジョナリー」の真価とは単に新しいものを予見・想像するだけではなく(この時に現在のiPhoneのようなデバイスを想像していた人は世界中の至る所にいました)、それを実現させるための複雑な道筋まで考えて推し進められるところにあるのではないか、と思い返させられます。



2002/01/07 Macworld Expo San Francisco (1月7日):iMac G4

PowerBook G4 Tiから始まった新デザインの流れはまだまだ止まりません。続いては「大福iMac」の愛称でおなじみのiMac G4が登場します。使い勝手はともかく「この発想は無かった」と唸らされる奇抜なデザインでした。(iMac G4のモニタを動かすJobsが本当に楽しそうに見えます。)現在のiMacのような形が理想的とは分かっていたのかもしれませんが、技術的に難しかったこの時においては、機能とデザインを両立させる均衡点的なデザインだったのではないでしょうか。そのような弱みを抱えていても、それを逆に対比の対象にしてしまい「このデザインが最高なんだ」と言い切ってしまうあたりに彼の「reality distorion field」の真髄が見えてきそうです。

2002/05/06 WWDC:OS 9の葬式とOS X 10.2 (Jaguar)

Jobsが亡くなったばかりの今では少しシャレになりませんが、OS 9の葬式をWWDCの序盤に挙げたこともありました。ここを境にAppleと開発者たちはOSXに注力していくことになるのですが、それをこのようにモニュメンタルでユーモラスな形で表現するところがJobsらしいです。

2002/07/16 Macworld Expo New York:iPod for Windows & iSync

新しいハードウェアがあまり出ずに地味な2002年ですが、New Yorkでは最後となるこのKeynoteにおいて、iPodWindowsへの解禁というメディア戦略の布石を打ち出しています。そして、後のiTunesを中心としたAppleエコシステムの前身となるiSyncもこの時にお披露目されています。この時からMacと携帯電話つなげるためのシステムを作っていたということは、iPhoneの構想はJobsの頭の中に既にあったかもしれないと思わされる発表でした。

2003/01/07 Macworld Expo San Francisco:12"/17" PowerBook G4 & Safari

長らく新しいハードウェアが出なかった末に、遂に登場したのがこの12インチ・17インチのPowerBook G4です。特に「One More "small" Thing...」として紹介された12インチPowerBook G4は、軽量なPowerBookを求め続けていた日本のMacファンにとっては待望の製品で、発表当時は各所で騒がれていた記憶があります。17インチも業界初のサイズで、噂サイトではジョーク的に取り扱ってたのに本当に出てきてビックリという感じでした。(アメリカ等では結構売れたので、他メーカーも追随して17インチモデルが次々と出てきました。)そして両方とも15"とは別のAluminum筐体を採用していて、Appleのその年のテーマであった"Year of the Notebook"を象徴する発表となりました。

それと同時にApple純正のwebブラウザSafariが発表されました。その当時、Mac用のIEはバージョン5で開発がストップしていましたし、Firefox登場以前のMozillaベースのChimeraやCaminoIEより少し互換性は落ちるけど早いブラウザとしてコアユーザーの間で使われていたくらいの頃でした。(Netscapeもまだ使われてました。)そんな中での発表だったので、大いに歓迎され、その後のfirefoxを始めとするブラウザ開発を促進する役割を果たしていきます。ハードウェアの性能が頭打ちだったからこそ、ソフトウェアの性能向上で補っていくという、この当時のAppleの対策を象徴するような発表であったと思います。(iPhoneのようなデバイスをいつか出す時に備えて、独自のブラウザを持っておこうという目論見もあったのかもしれません。)

2003/04/28 Apple Music Event:iTunes Music Store (USA)

Appleのビジネスの転換期となる、重要なiTunes Music Storeの発表です。(Appleの株価もこの時を境に上昇トレンドに転じました。)5大レーベルの楽曲を20万曲以上用意して、1曲ずつ$0.99で提供するという画期的な内容でした。プレゼンではお得意の比較手法を使って、違法ダウンロードや他の有料音楽配信の抱える問題点を先に挙げ、それらを解決するベストな方法がiTunes Music Storeなんだという流れで説得力を持たせています。ですが、この発表においてJobsが素晴らしいのは、そのプレゼン力よりもむしろ5大レーベルの参加をとりまとめた豪腕な交渉力でしょう。細かい交渉内容は不明ですが、まずはWarnerとの交渉を締結させ、それを突破口として他のレーベルも一気に口説いてしまう話力やそのための準備の構想力には、本当に脱帽です。
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20030429/apple2.htm

2003/06/23 WWDCPowerMac G5

4年近く続いたPowerPC G4の悪夢にようやく終止符が打たれ、G5の登場となりました。久々のハードウェアアーキテクチャの変更であったので(開発者向けのイベントということも相まって)、Jobsもこれまでの鬱憤を晴らすかのようにハードウェアの詳細について説明しまくります。ベンチマーク競争も久々の登場です。この発表の瞬間には、ようやくMacWintel機に性能で引けをとらないで済むようになる兆しが見えてきた気がしましたが(PowerMac G5の紹介ビデオは何度も繰り返し見たくなるくらいの良い出来でした)、G5でも伸び悩むことになりMacユーザーの受難は続くことになったのです・・・。
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0625/wwdc04.htm

2003/09/16 Apple Expo Paris:15" PowerBook G4 Aluminum

デザインが3年近く放置されていた15" PowerBookもようやく新しいAluminum筐体に変わりました。ただそれだけなのに12"や17”のPowerBookのアップグレードも同時に行うことによって、ノートブックラインナップを一新したような印象を作りだしたのは流石です。

2003/10/16 Apple Special Event:iTunes for Windows

iTunes Music Storeのオープンから約半年後、今度はiTunes for Windowsをリリースします。(Appleで初めてのWindows用アプリとなります)。ただ出すだけはなくて、Windowsの他のメディアプレイヤーを比較で批判しながら出すJobs流です。とにかくも、このiTunes for Windowsにより、Appleのメディア戦略の布石が完了したと言っても良いのではないでしょうか?

2004/01/06 Macworld Expo San Francisco:iPod mini & Office 2004

Mac誕生20周年となる2004年の最初のKeynoteの幕開けは「1984」のCMのパロディで始まりました。ハンマーを投げる女性がiPodを身につけている姿に象徴されるように、ここからAppleの戦略の重点がiPodにさらに移っていきます。(この年のスローガンが"A great Mac year"にも関わらず。)そんな中で登場したiPodシリーズの新製品がiPod miniです。音楽プレイヤーマーケットのハイエンドのフラッシュプレイヤーが占めている31%を奪いにきた戦略的商品です。市場を奪うときは順番に、しかし着実に奪っていくAppleのアグレッシブさが伺えた一幕でした。(この当時のフラッシュプレイヤーの貧弱さを改めて見てみると、淘汰されても仕方が無いと思えてしまいますが。)
他にも大きな発表はいくつかありましたが、Office 2004の発表は特に重要でした。1997年にAppleMicrosoft間で契約された、5年間というOfficeをMac向けに開発するという最低期限を越えて開発された初めてのOfficeでしたので、これからもMacは仕事にも使うことのできる機種であることが印象づけられた発表でした。
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0108/mw03.htm

2004/06/28 WWDCMac OS X Tiger (10.4) & 手術前の最後のKeynote

新OSの機能紹介+デモ一色だったKeynote。おなじみの"Boom!"を多用していますが、これも眠くなりがちなデモにメリハリをつけるためのJobsなりの苦肉のテクニックだったのかもしれません。そして、これが膵臓がん摘出の手術を受ける前の最後のKeynoteとなります。(そう思うと、どこかしらキレが衰えてる気がしないでもないです。)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0629/wwdc03.htm

2004/08/31 Apple Expo Paris:iMac G5 without Steve Jobs

Appleの新モデルは常にSteve JobsKeynoteで発表してきていたのですが、彼が膵臓がんの手術を受けたため、代役としてPhil SchillerがiMac G5を紹介しています。(JobsのKeynoteではないので載せるべきかどうか迷いましたが、Appleデザイン史の中では重要な製品ですし、JobsとSchillerのスピーチの違いを比較する参考にもなると思ったので掲載しました。)プレゼンスタイルはマネをしているハズですし、声も十分に通っているのに、伝わる力はやはり弱く感じます。細かい分析はここではしませんが、訴えかける力は一定以上の訓練と強い情熱が必要になるのかもしれません。
iMac G5について言及しておきますと、そのデザインはiPodの流れを組んでおり、当時のAppleiPodユーザーをMacに取り込もうという戦略を象徴する製品となっています。また、PowerBookより先にiMacにG5が入ったのは少し驚きをもって迎えられました。(発生熱を考えるとPowerBookに入れられないだろうという推測は噂サイトなどでなされていました。)PowerBookに入れる前のテストとも言われていましたが、結局G5がPowerBookに入ることはなく、Appleノートブックの性能の頭打ちが長引く原因となっていくのでした。
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0902/apple.htm

2004/10/26 Apple Special Music Event:iPod Photo & "Reality distortion field"

膵臓がんの手術から奇跡的に生還したJobs初のKeynote。さすがに少し弱っている感じが伺えます。Special Music Eventでしたので、当然発表されるのは次世代iPod、おそらくビデオ再生機能付きの、と思われていました。そんな中で登場したのが、iPod Photo。このKeynoteの中で、「観るための動画コンテンツもあまり無いし、小さい画面で動画を観たいと思う人は少ない」という理由で、"Next big thing”は動画じゃなくて写真なんだ、と宣言するのですが、これには流石のAppleファンにも賛同しかねる人が大勢現れました。しかし、Jobsの崇拝者的なファンの人達は「Jobsの言う通りだ。動画はiPodには向いていない」と賛同。Jobsの"reality distortion field (現実歪曲場)”が発揮されたベスト3に入るくらい代表的なKeynoteだと思います。この時、Jobsが本当に動画はいらないと思っていたのか、動画コンテンツサービスの基盤を整えるまでは時期早尚だと思ってあえて動画批判をしたのかは不明です。(実際のところは、生きて帰ってくるので精一杯でそこまで手が回らなかったのではないかと思っています。)

2005/01/11 Macworld Expo San Francisco:Mac mini & iPod shuffle

2005年はAppleにとって(そして死に直面したJobsにとっても)大きな転換期となる年でした。その一つの表れが、iPodをきっかけにMacに興味を持ったWindowsユーザーをMacユーザーにスイッチさせるという戦略です。それまではMacのクオリティーの良さを求める客層にプレミアをつけて売るという、ニッチなプレミア戦略をとっていたのですが、それを少し逸脱して、低価格のMacを提供することに踏み切ったのです。それがこのMac miniでした。JobsはG4 Cubeの失敗を引きずっていて、このような(コンパクトな)製品は出さないのではないかと囁かれていました。しかし、それを乗り越え、今までのAppleの流儀を曲げてでも進めたい何か大きな目標を、死に瀕したJobsが掴んだのではないかと伺わさせる変化でした。

iPod shuffleもそんな低価格戦略の表れとなる製品なのですが、このアピールの仕方が巧いのです。容量が限られて、しかも曲名を見るためのディスプレイも無い仕様を、自分のライブラリの中に埋れていた曲にshuffleしながら出逢うためのミニマル・デザインとして、ファッションスタイルのようなステータスにしてしまったのです。低価格なのにスタイルを与えるという、このJobsのマーケティングのやり方には唸らされた方も多かったのではないでしょうか?

2005/06/06 WWDCIntel CPUへのスイッチ

Appleが用意した史上最大のサプライズ」と呼ばれてもおかしくないのがこのスピーチ。Macintel CPUを採用するということも勿論(噂サイトで予想されていたものの)驚きでしたが、それよりも衝撃的だったのはintel CPU用のOS Xを5年前の2000年から、つまり初代OS Xの開発時からPowerPC版と並行して極秘裏に開発し続けていたということでした。つまり、あれだけ「PowerPCPentiumより凄いんだ」とMacファンに訴え続けてる裏で、実はintel CPUにスイッチできるようなプランBを進めていた訳です。30巻くらい続いた漫画の夢オチのようなドンデン返しに、呆然とした人も多かったのではないでしょうか?Jobsの用意周到さと戦略のスパンの長さ、そしてNeXTをベースにしたOS X(IOS)を使ったデバイス&プラットフォームで世界を変えるのだ(そのためにはハードウェアの種類にはこだわらない)という執念を痛感させられる一幕となりました。
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2005/0607/apple3.htm

2005/06/12 スタンフォード大学での卒業スピーチ:"Stay hungry, stay foolish."

これは今ではJobsの最も有名にして最高のスピーチとなりました。これについては多くの方が解釈や翻訳をなされているので、ここでは多くを語りませんが、このスピーチはJobsとAppleの歴史の中でこのようなタイミングでなされたということを意識してもう一度聞かれてみると、また新たな発見ができるかもしれません。

2005/09/07 Apple Music Special Event:iPod nano

最も印象的な出し方で紹介されたApple商品がこのiPod nanoではないでしょうか?iPod nanoは本当に革新的なまでに小さくて薄かったのですが、その魅力を最大限に引き出すようなプレゼンをできる力は流石です。それまでSONYを始めとする日本企業が得意としていた小ささ・薄さのお株を完全に奪った瞬間でもありました。ここから音楽プレイヤー市場におけるAppleの独り勝ちの状態が始まります。

2005/10/12 Apple Event San Jose:5G iPod (Video)

iPod nanoで得た勢いを殺さずに追い打ちをかけるように発表された第5世代の動画再生機能付きのiPodの登場です。一年前に「動画はいらない」と言っていたのを完全に無かった事にして、動画再生の凄さを語る開き直り方は圧巻です。重要ではないことや明らかに間違っていたことに関しては、これくらいの割り切り方で進んでいかないと、新しいものは世に出せないのかもしれません。

2006/01/10 Macworld Expo San Francisco:MacBook Pro & iMac with Intel Core Duo

遂にintel CPUを搭載した初めてのMacが公開されます。それがPowerBookあらため、MacBook Proです。(今ではすっかり定着していますが、最初はこの新しい名前に戸惑う人も少なくありませんでした。)ハードウェアの成長の停滞に長らく苦しめられてきたMacユーザー(特にノートブックの)にとって、ようやくその呪縛から解放された記念すべきリリースでした。しかし、残念なことにJobsの健康状態はここから悪化の一途を辿ることになります。

2006/02/28 Apple Special Event:intel Mac mini & iPod Hi-Fi

ものすごく高い期待の中で開催されたイベントだったのですが、そんな中で出されたのがiPod Hi-Fiで大きく失望されました。しかし、それよりも大変だったのはJobsの体調と声でした。

2006/08/07 WWDCMac Pro & Leopard Preview

この頃に人気を博していた"Mac vs PC"のCMのパロディーで始まるWWDCでは、Jobsの体調が更に悪くなり、遂にKeynoteを分業体制で行うようになりました。(iOSの説明の時にお馴染みのScott Forstallもこの時が初登場です。)この時のPhil Schillerのスピーチを聞いてみると、2年前のiMac G5の時よりも明らかに上手くJobs流になってることに気づかれるかもしれません。ハイライトしたいキーワードの抑揚の付け方や、それを言った後の間のとり方などに重要なポイントがあるように思えます。

2006/09/12 "It's Showtime" Special Event:iTV Preview & iTunes Store with Movie

新しいiPodラインなども発表されて充実した内容のKeynoteでしたが、その中でも特に注目を集めたのがSneak Previewとして紹介されたiTV(後のApple TV)でした。iTVがパッとしない製品だったからか、Jobsのエネルギーが落ちてきたからは分かりませんが少しハリのないプレゼンになってしまっています。



以上で、2006年までのKeynoteは終了です。
途中で大病を患いながらも、iPodOS Xを武器にして一気にマスに乗り込むAppleの転換を果たしたJobsのダイナミズムを感じていただけたでしょうか?
続く後編では、いよいよiPhone以降のKeynoteを紹介していきます。