アメリカ経済界が日本政府のTPP交渉参加に際して求める条件リスト

米日経済協議会(USJBC)が2011年10月7日に発表した資料(文書内の内容は2011年6月頃の情報)である「環太平洋経済連携協定(TPP)への日本参加の実現に向けて ー「WTOプラス」の21世紀型自由貿易協定が求める条件 ー」の中にアメリカ経済界が日本政府にTPP交渉参加に際する前提条件と取れるような内容をまとめていました。

その白書の前提となっているのは、このGIGAZINEの記事でも話題になった「TPP のための米国ビジネス連合(U.S. Business Coalition for TPP)」によって提示された「15の基本原則」だそうです。それを基にして「TPP参加に際して日本に求められる可能性が高いポイント」を提示しています。今回はその記事の中で特に気になる記述を抜き出してコメントしていきたいと思います。

その要求されている事柄をまとめると

  • コメの減反制度および兼業農家への補助金制度の廃止
  • 物品の関税・非関税障壁の完全撤廃、サービス・投資の「ネガティブリスト方式」による市場開放
  • 医薬品・医療機器市場の自由化
  • 知財法の米国化
  • 政府調達市場の開放
  • 郵貯簡保の民営化(=株式売却)
  • 一旦自由化したものを後退させてはならない方針
  • 移民労働者の規制緩和(?)
  • 「外圧」に頼らない自主的な変革の「要請」

となります。

既に「日米経済調和対話」「USTR 外国貿易障壁報告書」等でも言及されている様な事項ではありますが、改めてTPPに絡めて明確に記された文書はこの資料が初めてだと思われます。ではその詳細を見ていきましょう。


コメの減反制度および兼業農家への補助金制度の廃止

「これまでの二国間EPAとは異なり、TPPにおいては、たとえ大震災後であって も、日本が「センシティブ」と考える農産物について特別な例外措置が日本に だけ適用されることを期待するべきではない。」

「TPP交渉が急ピッチで進められる一方、日本の農業改革には多くの時間を要することを考えると、現在のTPP交渉参加国に対し、日本政府が農産物貿易の自由化に本気でコミットしていることを行動で示す必要がある。農業構造改革推進本部が日本の改革プログラムを検討しているが、日本の真剣さを示すには、 特にコメの減反制度および兼業農家への補助金制度の廃止に向けた具体案とタイムテーブルを示すことが求められる。また、今後短期間のうちに、法規制や衛生植物検疫基準に関連する諸問題に対し具体的な対応をとることも同様に重 要な意思表示となるだろう。こうした具体的な意思表示や対応が不十分なままでは、日本がTPP参加の準備が整っていると主張しても説得力に乏しい。」

いきなり「コメの減反制度および兼業農家への補助金制度の廃止」と日本の農業にとって一番痛い所をついて来ました。ここでのポイントは「補助金制度の廃止」です。現在の政府は、TPP加盟後も日本政府の意向次第で補助金を出せるという前提で説明をしていますが、それができるかどうかはハッキリいって「交渉次第」です。もしかしたら出せないかもしれません。
また「兼業農家への」としてあるのにも注目です。アメリカも農家(というより農場経営をしてる企業)に補助金を出しているようですが、彼らは「兼業農家」ではないので「兼業農家補助金制度を廃止しましょう」というのは公平な提案ではないのです。

物品の関税・非関税障壁の完全撤廃、サービス・投資の「ネガティブリスト方式」による市場開放

「TPPは物品に関して、約定期日までに関税・非関税障壁の完全撤廃を求めるものでなくてはならない。また、サービスと投資に関しても同様に約定期日までにすべての業種において「ネガティブリスト方式」による市場開放を求めるべきである。」

野田首相が「全ての物品・サービスを交渉のテーブルに載せる」と言ったかどうかで話題になっていますが、そこで言っていなくてもとりあえず全てを一旦交渉のテーブルに載せるのがアメリカからの要求以前の大原則です。全てを交渉の対象にした後に「守るべきもの」(まだハッキリさせていませんが)をネガティブリストに入れられるように交渉しなければいけないのです。

医薬品・医療機器市場の自由化

「日本の医療機器・医薬品市場は依然として世界最大規模である。しかしながら、諸外国で幅広く認められている多くの医療機器や医薬品が日本では承認されていないケースが見られる。」

「こうした医療機器や医薬品における「遅れ(ラグ)」は日本の規制、価格設定、臨床実験(R&D)環境による部分が大きい。」

米国の製薬業界が日本の医薬品・医療機器マーケットをTPPを機会に狙っている証左。他の事はともかく「価格設定」に関してメーカー側に譲歩してしまえば、今の公的医療制度の安さと質の高さのバランス(現状でも危ういが
なんとかギリギリ保ってるもの)は、一気に崩れ去ってしまいかねません。

知財法の米国化

「米国の競争力を高めるためにも、TPP協定にはソフトウェア、IT、音楽、書籍、映画といったものから医薬品、食品、消費財生産財に至るまで、米国法における措置と同レベルの最先端の知的財産権保護措置を盛り込む必要がある。TPP協定は、米国がTPP加盟国との間で締結している既存の自由貿易協定や現在米議会で承認待ちのKORUSに定める知的財産 権保護措置を踏まえつつ、その内容を下回るものであってはならない。」

知財に関しては本当に綿密に検討していかないと、後でとんでもない損害を受ける可能性があります。日本はTPPの本交渉でこれを大きく変えられるような機会はおそらくありませんから、TPP交渉参加する前に米国やその他の交渉参加国と協議してその中身をよく確認する必要があるでしょう。

政府調達市場の開放

「日本はWTOの「政府調達に関する協定(GPA)」の締約国であるにもかかわらず、日本の巨大な政府調達市場に外国企業が占める割合は非常に小さい。この傾向は、特に市場規模が1,950億ドル(2009年)に上るにもかかわらず、米国 の建設会社や建築会社および技術会社などが占める割合が1%に満たない公共事業市場において顕著である。この分野では、談合、参加資格要件や入札評価基準が必要以上に厳しい日本の特異性、透明性の欠如、機器購入契約の大部分が単年契約であること、告知手続きが不適切であることなどが頻繁に問題点として指摘されている。また、IT機器・ソフトウェア・サービスに関する大きな 政府調達市場でも、米国をはじめとする外国政府や外国企業からは、透明性の低さ、排他的な随意契約への依存、知的所有権に関する制限措置などが問題点として指摘されている。」

政府調達(≒公共事業)の市場をアメリカも狙っていることが分かる一文。しかも従来の建設事業だけではなく、IT関連事業までも視野に入れています。SIerの人達にとっても他人事ではなくなります。

一旦自由化したものを後退させてはならない方針

「日本の最大国有企業は日本郵政グループであり。その規模は突出している。実際、ゆうちょ銀行とかんぽ生命は、両社を合わせると総資産額合計が300兆円を超える世界最大の金融機関である。」

「その他の優遇措置の例としては、かんぽ生命に対する政府保証のある旧簡保契約からの利益の享受、日本郵政にのみ認められている持株会社の特例などが挙げられる。」

「日本が日本郵政グループ各社に対する優遇措置を撤廃し、WTO上の基本的な義務を遵守することができなければ、WTOが規定する以上の内容(「WTOプラス」)の協定として交渉されているTPPに参加できる可能性はほとんどないといえる。」

ここで、郵貯簡保がモロにターゲット指定されています。おそらく共済も同様でしょう。ここでは公平な競争をさせろと言っていますが、要するに民間(外資含む)にも株が買える(買収できる)ようにしろという事です。ISDS条項など使わなくてもWTO・GATS協定違反を持ち出したり、「リーダーシップ」という言葉で釣って自主的に変えさせようとしたり、手段は多岐に渡ります。

一旦自由化したものを後退させてはならない方針

「TPPの交渉において、参加国は既存の自由貿易協定上の義務を遵守・実行の上、既存の改革を確実に遂行しなければならず、また、他のTPP加盟国からの物品・サービスに対して、市場アクセスや投資および知的財産保護を後退させるような政策を採ってはならない。」

米韓FTAで言われていた「ラチェット条項」そのものですね。まあ、これは特に日本にのみ向けた提言ではないので、実際にTPPで採用されるかはまだ未定です。しかし、アメリカ側の主張としてはこういう方針のようですので要注意です。

移民労働者の規制緩和(?)

「TPPの対象分野の中で、日本にとって難しい課題となる可能性があるのが、人の移動、特に移民労働者に関する部分である。現在日本は、一部の高いスキルを要する業種、ならびに高いスキルを要しない業種においても労働力を確保しなければならない差し迫ったニーズを抱えているにもかかわらず、現行体制や政治環境は移民を奨励するものとはなっていない。日本の既存EPAの中には、看護師などの職種で移民の割り当て人数を掲げているものもあるが、その人数は非常に少ない。」

単純労働者の移民については、アメリカも望まないだろうからTPPでは無関係だと思っていたのですが、この「高いスキルを要しない業種」の一文は非常に気になります。アメリカがこれを日本に要求する理由は見当たらないので不可解ですが、日本国内の企業の株主となっている米国企業の利益の代弁という事でしょうか?P4条約では単純労働者の移民の規制については各国の方針に任せるという形になっているので、TPPもそれを踏襲するならば、もしこの種の移民規制が緩和されるとすれば国内法の改正によるものとなりそうです。(その動機としてTPP加盟を使うべきという提案なのでしょうか?)

「外圧」に頼らない自主的な変革の「要請」

「過去にそのような国内の抵抗に直面したとき、日本の政治家は自ら下せない難しい決断に必要な梃子とし て、外圧に依存してきた。しかし、もはや米国政府やその他の国々を外圧としてあてにすることはできない。とりわけ現在、これらの国々は日本市場以外で経済連携の強化を効率的に進める機会があまりに多く、限られたリソースをそちらに投入する方が合理的だからである。つまり、日本は自らの意思で持続的な経済成長を実現するか否かを判断しなくてはならないのである。」

「日本には直接的には外圧をかけないが、TPPに参加したかったら上に挙げたような条件を満たしてきてね」と。しかし、TPP以外の方法で米国抜きでアジアとの自由貿易圏を作ろうとしたら、その動きは潰されるでしょうから、これは実質的に外圧と変わらないのではないでしょうか?外交とはいかに自分の国の主張の正当性・公平性をアピールしつつ相手国に自分の求める条件を好意的に呑ませるかという事が垣間見える一文です。

まとめ

以上からアメリカ経済界としては少なくとも

  • コメの減反制度および兼業農家への補助金制度の廃止
  • 物品の関税・非関税障壁の完全撤廃、サービス・投資の「ネガティブリスト方式」による市場開放
  • 医薬品・医療機器市場の自由化
  • 知財法の米国化
  • 政府調達市場の開放
  • 郵貯簡保の民営化(=株式売却)
  • 一旦自由化したものを後退させてはならない方針
  • 移民労働者の規制緩和(?)
  • 「外圧」に頼らない自主的な変革の「要請」

のような変更を日本がTPPに参加するための前提として求めていることが分かります。もちろん、これをこのまま自動的に呑む必要は無いのですが、日本政府はこれらの要求への対応方針をまとめてから日米の事前協議に臨む必要があります。どの項目も日本にとっての「センシティブ項目」であり「守るべきもの」の最有力候補ですが、果たして野田内閣はこれらを守ることはできるのでしょうか?