失業のリスクは農家だけでは無い!TPPに参加すれば企業経営の方針もよりアメリカ型に近づく 〜 TPPについてのメリット・デメリットを必死で考えまとめてみた(その2)

さて、前回では、TPP参加のメリット・デメリットについて大まかに列挙したのですが、今回からはもう少し詳しく見ていきます。

現在のTV・新聞などでの議論は「農業 vs その他の輸出業」という構図が主で、そこにようやく医療の問題が最近少し加わってきました。ですので、農家以外の人は「自分の職業にとって大きなマイナスにはならないから別にいいか」と他人ごとに思われてるかもしれませんが、それは大きな間違いです。TPPに参加した場合は、ほぼ全ての職業の人が現在より更に激しい競争に晒されて失業のリスクを高めます。(それが日本経済全体にとって、国民生活にとって良いことなのか悪いことなのかという議論はありますが)今回はその理由を見ていきます。

TPPと失業の関連

まず全体への影響を見てから具体論に入ります。
TPPが失業に直接関わる項目は以下のような要素が挙げられます。

  1. 「投資」「金融」のルールがアメリカ基準になり、日本企業の買収が増える。
  2. 「政府調達」(市町村レベルの地方の公共事業を含む)の入札を海外企業にも認める。
  3. 「投資」や「知的財産」のルールが整備されることにより企業の海外移転が加速する。

詳細に入る前に簡単に補足説明しますと、1.は外資金融に経営権を握られる国内企業が増え、その結果アメリカのように(比較的短期の)株主利益を最優先した経営が行われ、リストラも敢行される事が増えるという事。2.はそのままで、地方の公共事業に海外企業からも入札が許可されることにより、競争が激しくなって入札価格が下がるまたは受注できなくなり、中央政府から地方経済への大きなお金の流れ(地方交付税交付金)が細くなり、建築業者はもちろんのこと地方のローカルな商店や中小企業にまで影響がおよび(農業の崩壊に加えて)地方経済が疲弊します。3. 企業は経済的な事だけを考えたら、できるものなら海外移転をすぐにでもしたいのですが、それを躊躇させる要因がいくつかあります。その中でも政変リスクと技術流出リスクは最たるものです。それらのリスクを「投資」の項の中のISDS(投資家国家提訴権)条項や「知的財産」の項の中の「非公開情報の保護」の条項などで抑えることができるのならば、海外移転はますます促進されるという事です。(1.と同様に投資のルールが明確化・統一化されることにより投資がしやすくなることも海外移転の加速に貢献します。)

今回は、この中でもTPPの本質の一つでもある1について更に詳しく解説していきたいと思います。(2・3は医療問題について触れてから、また改めて触れたいと思います。2についてより詳しく知りたい方はこちらの資料を。)

TPP参加により「投資」「金融」のルールがアメリカ基準になることの影響

今回のTPPでは「投資」「金融」に関する項が、アメリカが交渉参加する際に強い要望で盛り込まれたため、それらの内容がアメリカ基準のものに近くなるという事はほぼ確定と見られています。現在は、日本の企業を外資が買収しようとすると、株の持ち合いやら不明瞭な規制や慣習があり、不可能まではいかないものの相当やりにくい状態です。2010年の対内直接投資残高(海外から国内の企業に経営権の影響の出る投資をされた累計額)の対GDP比が世界平均が30.3%、アメリカが23.5%、中国でも9.9%あるのに日本が3.9%というのが、その状態を物語っています。(詳しくはこのグラフをご覧ください。)それらの規制がTPPによって撤去され、アメリカ的なオープンな基準になれば、資本がモノをいうようになりますので、敵対的な買収合戦や国際経営統合・合併(M&A)も頻繁に起こるようになるでしょう。(これは外資ファンドではないですが、昔ホリエモン村上ファンドがフジテレビを買収しようとした時のように。)買収されて経営権を握られてしまえば、株主の(おそらく現在の日本企業のものよりも比較的短期的な)利益を最優先にした経営が行われるようになります。そうなると次のようなメリット・デメリットが生じます。

メリット

  1. 経営判断・実行が早くなり市場の変化に対応しやすくなる。
    • (早く利益を出すことが求められるので、企業の戦略や組織の変更を急ぐ経営者が求められるから。)
  2. より多くの資本が手に入りやすくなるので規模のメリットをさらに活かせるようになる。
  3. 「優秀」な経営者が呼ばれやすくなるので、企業の売上・利益が上がりやすくなる。
  4. 激しい競争により、より良い製品・サービスがより低価格で提供されやすくなる。
  5. 起業家・経営者にとっては外資からの投資を受けるチャンスが広がる。

デメリット

  1. 「生産性」の低い正社員のリストラ・非正規雇用が増加する。
  2. 新卒枠が激減する。(社内で育てるのは非効率なので、経験が無い人は避けるようになるから。)
  3. 人件費カットによる価格競争が激しくなるので、適切な再分配をしなければ、デフレスパイラルが加速する。(注)
  4. 社員の出入りが激しくなり、社員の長期に渡る献身的な貢献が期待できにくくなる。

どちらとも言い切れない変化

  1. 雇用の流動性を高める要因にはなるが、これはTPPとは別の法改正の方が主要因になる。
  2. 既存の企業における社内ベンチャーや研究開発は長期的で大きな成功を目指しづらくなり、そのような冒険的な事業はアメリカのように新規の独自ベンチャー企業で行われた後に大企業に買収(M&A)されるような形に近づく可能性が高い。

(注)国際競争力のある企業だけが生き残り、他の企業は衰退するので得られる収入の分布は偏ってしまう。また企業の業績が伸びてもその増加分の利益の大半は株主か企業の貯蓄(内部留保)になってしまうので、そこでも収入の分布の偏りが増します。それにより割高だが質の高い国産製品やサービスを購入する中間層がさらに減り、内需減少の傾向に拍車がかかる。高所得・高資産層は一定額以上は投資運用するか貯蓄するので消費は収入の割には伸びない(=消費性向が低い)。したがって、この偏った分布を是正するような税制や社会保障で利益を再分配しない限り内需(の中の個人消費)は減ります。しかし、そのような再分配の計画はありません(逆に野田内閣は法人税を減税して所得税・消費税を増税しようとしています)。TPPによって見込めるGDPの成長率の影響は高めの経産省の試算でも10年後に1.5%程度(しかもEUと中国とFTAが結べるという仮定で)と今後10年間に起こりうる事態の不確定さを考慮すると誤差の範囲内です。(詳しくはこの資料のp.22をご覧ください。)したがって、TPPへの参加によって企業経営がアメリカ型に近づけば、今の(金融緩和しない)日本ではデフレスパイラルが加速する可能性が高いです。


このように、「競争力のある企業の経営者」や「能力が高くて雇用を維持できる労働者」にとってはメリットは多いのですが、そうでない企業経営者や労働者は倒産・失業・減給のリスクがさらに増えるのでデメリットが多くなります。(しかも全体のパイが大きくなるという見込みもあまりありません。)当然このような状況が好ましいかどうかは賛否両論に分かれます。(個人レベルと経済全体の両方の観点から。)つまりTPPに参加するべきかどうかという選択は言い換えれば、現在のアメリカのように株主利益優先の市場原理型(アングロサクソン型)資本主義が良いのか、日本のように社員・消費者・社会など全ての利害関係者の利益も考慮したライン型資本主義のどちらが良いのか、という選択でもあるのです。

もちろんこの二つは両極を表していて、正解はその中間にある事は言うまでもありません。前者の弊害や限界は2008年のリーマンショックや現在進行形で進んでいるギリシャ危機などのソブリンショック・そして現在のOccupy Wall Street運動に象徴される経済格差に見ることができます。また、後者の弊害は革新的な新事業を打ち出しにくく若い力が活躍しにくい現在の日本の状況に見ることができます。ですから、その国と時代ごとに適した配分があるはずなのです。

それをTPPを締結することによってアメリカ型に急速に近づけていくのか、それとも地道な法改正により徐々に均衡点を探っていくのか、という選択がTPP参加の選択の本質の一つなのです。このような認識は未だにマスコミではなされていませんし、ネット上で情報を得ている人達の間でもそれほど浸透していません。またこのような経済制度全体の良し悪しとは別に、個人レベルでは大量の失業が(この投資と金融のルールの変更だけでも)出るというリスクも忘れてはいけません。

政府やマスコミは、TPPへの交渉参加そして加盟の是非を国民に問う前に、このような認識とそれに必要な情報を国民に提示して、国民的コンセンサスを得てから交渉に臨む必要があるでしょう。皆さんにもこのような可能性を踏まえた上で、TPPの是非について考え・語っていただきたいと思います。(手前味噌ですが、「TPPについて0から学ぶためのオンライン資料のまとめ」上の資料はよい出発点になると思います。)

今回の記事ではTPPの参加(=自由市場化)には良い面と悪い面の両方があるという結論になりましたが、これはTPPで対象になりうる全ての産業にあてはまる事ではありません。中でも公共性の高い事業である医療は例外です。次回はTPPが日本の公的医療制度に与える弊害について詳しく解説する予定です。